アパレル業界8年、商売大好きtakaのSchoolブログ

1番は僕が受けてきた教育について書いていきます。また、先を見据えた教育、自分が受けたかった教育も発信。そして、自分のワクワクすることもどんどん出していきます!

勉強するな。遊べ。僕は信じてよかった話


学生時代の僕

僕はよく言われていた。


「勉強するな。遊べ。」


僕は親を信じているからその通りにした。
もちろん学生の頃からバイトは1番に優先していた。
そして学校もちゃんと卒業している。


仕事が当時から好きだった。


遊ぶことも同じくらい好きだった。


だから僕は寝ないで遊んでいた。


なぜ、あの時僕に遊べと親が言っていたのが今となっては理解できる。
これは後程話していきたい。


僕が遊んでいて良かったリスト

  1. 人脈が増えた
  2. 人の振り見て我が振り直せ
  3. 度胸がつく
  4. 大きくなれる
  5. 良いものも悪いものも見ることができる
この中から厳選して話していく

遊ぶと良いものも悪いものも見れる。度胸も付く

遊びは人それぞれ好きなことでいいと思う。

僕はたまたま飲みに行くことが好きだった。

先に言っておく。お酒が好きなわけではない。
お酒にお金を払っているのではなく、その時間と楽しい場所にお金を払っている気持ちでいた。

僕は学生なのにその辺のお金のある人のような遊び方をしていた。

それは、
1軒目:食事
2軒目:飲み屋(パブ)
3軒目:クラブ(VIP席)
バイトのお金が遊ぶ資金だった。

そこで知り合う人がかなり多い。
ずるい人間もいれば、優しい尊敬できる人間もいる。

ずるい人間に騙されたことも、利用されたこともある。

逆に優しい人に守られたことや、遊びに連れて行ってくれる人もいた。

僕は学生の間にそういう場所に行っていて良かった。


社会に出る前に生き抜く術を少しは身に着けていくことができたから。


そして、社会に出てからこの遊びを始めるのではなく、違う遊び方ができるようになったからだ。


また、度胸がつく。
初めてクラブに入ったときはすごくドキドキした。
怖い人がいるのではないか、実際に怖い人に絡まれたこともある。
女の子にナンパもした。断られることに慣れていく。笑


飲み屋はお会計にドキドキだ。
銀行のお金、足りるかな。なんて時もあった。


その時一緒に遊んでいた友達は一生ものだ。


お金をそうやって使っていて、僕は幸いケチという細かく小さい人間にならなくてすんだ。



人の振り見て我が振り直せ

他人は鏡になる。


僕は上記で知り合った女の子と今も友達だ。
それは汚い遊び方をしなかったからだ。
現場で汚い人を見ることができたからね。


僕は今、そんな遊びをしなくてすんだ。
それは大人が我々と同じように遊んでいる姿が痛かったからね。
それと、単純に飽きたのもある。


僕は後輩をご飯に連れていくことができる。
それは僕もしてもらったから。


僕は人に何かを与える喜びを感じることができる。
それは、僕も喜んでもらえたからだ。


全て繋がってくる。


見ていて嫌な人にはならないようにする。
されて嬉しかったことはしてあげる。


これは、遊びで色々な人を見てきたから自分の身になっている。


人脈が増える

この時出会った人とは今も繋がる。

なにより、仕事を始めて人脈は宝だ。

僕は見栄を張ってもクラブのVIPに居てよかった。


それは、同じように今奮闘している仲間と知り合えたこと、
地位のある方と繋がれたこと。


お金で人脈は買うことができない。
でも、環境と時間はお金で買うことができる。


僕はそっちを選択していて良かった。


今親でありこの記事を読んでいただいた方に、、

今もし学生の子がいて遊んでばかりいたら。
もしこれからその歳になり遊び始めたら。


「遊んでばかりいるんじゃない」とは言わないでください。


隠れて遊んで嘘つきになります。


逆に楽しく遊びの話を聞いてあげ共感してあげましょう。


答えは、子供が社会に出てからわかると思います。


僕は親を信じてよかった。

仕事大好き人間takaの初めまして。自己紹介と僕が受けた父の教育紹介

自己紹介

僕はアパレル業界今年で8年目の25歳(今年26歳)です。
仕事が大好き。


これは、家系の遺伝だと思う。


曾祖父から始まる。
会社設立。


曾祖父は有名な実業家だった。祖父が会社を継ぎ、今は父親が会社を継いでいる。


僕はそんな家系で長男として生まれた。


僕は小さい頃の教育、大人の話に理解ができる中学生、高校生の頃から始まる父の教育が今ものすごく生きている。


僕の自己紹介かねて話していきたい。


小学生から中学生

僕は小学2年生から野球を始めた。
父も野球をずっとやっていて厳しかった。


この時に受けた今にも繋がる大事な教えは、


  1. 道具から入るな
  2. カッコつけるな
  3. 物は大切に

1.道具から入るな
僕の友達のほとんどが遠くに飛ぶバットを使っていた。
しかし僕が親にそのバットを求めたとき、ものすごく叱られた。
それは、親は先を見据えていたからだ。
中学、では例のバットは使用禁止なのだ。
もちろん、硬式野球で対応しているものはない。


「今、そのバットになれたら打てなくなる。そんな道具より力をつけて飛ばせるようになりなさい」


ということだった。



2.カッコつけるな
これは、多くの人が自分の憧れのプロ野球選手のバッティングフォームに似せていたことだ。
だが、基本ができていない。もちろん小学生だから。
でも、基本を作るのも小学生なのだ。


そして、カッコつける人間の多くはのし上がれない。
それは、大事なものを身に着けることができないからだ。


「カッコをつけるな。そんなものより、泥臭くやりなさい。まずは意地と根性とやる気が大切だ。そして始まったばかりで基本が大切なんだ。」


こういうことだった。


3.道具は大切に
道具を大切にできない人間はうまくならない。
今思うと、商売道具を大切にできない人間はお金を稼げない。
感謝の気持ちを持ちなさい。素直になりなさいということだった。


親が汗を流して働いたお金で頂く道具に感謝をすること。
そういう気持ちを持てるような素直な人間になってほしいということだった。


大人になると義理と人情が大切になってくる。
そして素直さが人を成長させると再認識している。


僕が小学生から始めた野球で親から学んだことは人生で1番大切な基本だった。



大人になるにつれての教え

大人になるにつれて、教えも仕事へと変わっていった。


僕が中学2年生の頃に父は会社を継いでいる。


その時は少し会社が厳しい時だった。
そんな時、父は寝ないで仕事をしていた記憶がある。


いつも言う。
「1%でも生き残る可能性があるのなら、全力でやる。もしそれでダメだったとしても悔いは残らない」
「そして、全力でやっているとなぜか1%の可能性が勝る。それは全力でやると運が回ってくるからだ」と。


「仕事は好き嫌いでやるものではない。仕事は人のためになるからお金がもらえる。自分の好き嫌いだけではお金を頂けない」
「1分、1時間会社に捧げて人生変わるのか。たったそれだけを捧げても変わらないし死なない。勤務時間後に少し仕事があってもグチグチ言うな。むしろ何も言わずにやっている人間はいつか人生が変わるかもな」


確かにその通りということも言う。



僕たちは親子だが一緒にいると常にビジネスの話しかしない。


これはまだほんの一例だ。


僕はこのような教育を受けていたから、仕事が楽しくて好きでたまらない。


仕事をしている時が1番楽しいし、そう思える自分は幸せ者だ。


今回の最後に

「勉強をしなさい」とは一度も言われたことがない。


でもやりたいことはやらせてもらえた。


勉強で怒られたことは1度もない。
勉強の頭脳もよくないのに。


でも、人間性に関しては間違ったことをしたときは強く叱られた。
例えば軽い噓をついてしまった時などは。


だから今僕は幸せに生きている。
全てはこれがつながっている。



是非活用してほしい。


今回は薄く紹介したが次回からは深く話していきたい。


ほかの内容ももちろん更新していく。


お楽しみにしていてください。